A-Thily 株式会社エースリー

役員
山尾 恭平

野球も芸人への道も花開かず。
その後悔を仕事で晴らす。

圧倒的成果

全社員をけん引し
全国TOPへの急接近

エースリーが3年で全国TOPを獲るための道筋を数字で示した、会社初の中期経営計画『T3Y(ターニング スリー イヤーズ)』。営業から人事、財務面などあらゆる項目の数値目標を、社員一人ひとりが取り組む具体的な「行動計画」に落とし込んだのが山尾だった。T3Yの進捗管理を確認する会議を新設し、全社員に目標達成を自分ゴトとして浸透させた。「3年後に全国TOP」という当時は壮大だった目標に急接近しているのも、会社のNo.2である山尾の功績だ。

仕事内容

会社のNo.2として
経営の全領域で活躍

会社のNo.2として、代表・新家とともに全社の経営に携わる山尾。代表や課長とともに経営会議を行いながら、中期経営計画(T3Y)と現状のズレがないか?といった進捗状況を管理している。また、課長やリーダー陣と伴走しながら社内全チームの人事・財務の管理、マネジメント層がBtoB営業を行う上での営業戦略の立案など、幅広い業務を担当している。

EPISODE

- 心を燃やしたエピソード - 何者でもなかった過去

野球も漫才も仕事も
何もかも中途半端だった

高校時代は野球部に所属し甲子園に出場するも、レギュラーになれずベンチを温める日々。大学で始めた漫才やYouTubeも長続きせず、昔から色々なことに手を出しては中途半端なまま諦めてきました。生活費を稼ぐために携帯ショップのスタッフを始めた時も、部活で培ったコミュニケーション力のおかげである程度の成果は出せましたが「上を目指そう」とは思いませんでした。むしろ「朝の満員電車に乗るのが嫌だったから」と現場スタッフを辞めて、協力会社との連携を行う管理側に立候補したんです。そこで出会った協力会社の一つが、エースリー。仕事を通じて、代表の新家との関係も自然と深まっていきました。常に向上心を持ってどんどん成長していく新家を見て当時から尊敬していたのと同時に、熱くなれずに毎日をやり過ごしている自分と比較して内心モヤモヤしていました。

- 心を燃やしたエピソード - 燃えるような毎日

努力が報われた感動を糧に
会社のNo.2に駆け上がった

そこから数年後。社員を大切にする空気を会社から感じられず、私は当時の勤務先を退職しました。代表の新家からはエースリーに誘われたのですが、急成長中のエースリーに入社して、すぐ活躍できるイメージは湧きませんでした。ただ、それでも会社の力にはなりたかったので、個人事業主として協業することを選びました。そこで、あらゆる場面で「求められる以上の仕事」を徹底したところ、新家や幹部陣に「ここまでやってくれるの?」と言っていただけたんです。自分の仕事がきちんと評価され、喜んでもらえたのは初めての経験でした。そこで努力が報われたのを機に、「この会社のために全ての力を注ごう」と正社員としての入社を決意。販促イベントで成果を出しながら法人営業にまで活動の幅を広げ、1年後には会社のNo.2となれたのです。

- 心を燃やしたエピソード - 燃えるような未来

全社員の誇りとともに
エースリーを全国TOPへ

全社員が自分の仕事を誇れる組織をつくりたい。そのために、全員が一丸となって「全国TOP」という成果を残したいと考えています。入社直後、エースリーでイベントの責任者を任された私も、なかなか求められる成果を出せずクライアントさまにお叱りを受けることもありました。それでもイベント現場のスタッフと力を合わせ、お客様のご納得いただける価値を提供し続けることで、創業から10倍以上の売上を残すことができたのです。それは「絶対に目標を達成するぞ!」という強い意志をもって、メンバー一人ひとりが武器を活かして活躍したからこそ成し遂げられた快挙でした。そして、これから私たちが目指すのは全国TOP。社員全員がそれぞれの武器を持ちながら、胸を張って高みを目指してほしいです。